一人の女

 帆村は身体をゴソゴソ動かして、その相客と同じように胸のあたりにしきりに砂を掻きよせた。 そのとき一人の女が、室内に入ってきたのを感じた。絣《かすり》の着物を、短く尻はしょりをして、白い湯文字を短くはいていた。 その女はいきなり帆村の方へやってきて、「おいでやす。もっとうまいこと砂をかけてあげまひょうか」 といって、彼のうしろにまわり、肩のところへ砂をバサバサかけてくれた。「ありがとう。もういいよ」 と帆村がいった。女は黙って、なおも砂を帆村の頸の方にまで積んでいった。女はさっきの愛想笑いに似ず、急に無口のようになって、帆村の頸のあたりに、妙な具合に両手をからませるのであった。(変だぞオ) と思ったその刹那《せつな》、それまで帆村の頸のまわりを戯《たわむ》れのように搦《から》んでは解け、解けてはまた搦《から》みついてきた女のしなやかな指が、板片のような強さでもって、帆村の頸をグッと締めつけた。彼は愕《おどろ》いて砂の中から立ち上ろうとしたが、女は盤石《ばんじゃく》のように上から押しつけていて、帆村の自由にならない。その上、女の指は頸をギュウギュウしめつけてくる。向うの相客に助けを求めようとしたが、声の出るべき咽喉がこの有様で、呻《うな》ることさえ出来なかった。そのとき向いのうしろ向きになっていた男が、急にピタリと浪花節をやめた。「やれ、気がついてくれたか」 と思って悦《よろこ》んだのは、ほんの一瞬間であった。 相客《あいきゃく》は砂の中に、その長い頸《くび》をグッと曲げて、帆村の方を眺めた。彼はすべてを呑みこんでいるという風にニヤニヤと笑っているのだった。長い顔、そして大きな唇。その顔!「おお、貴様は蠅男だな」 帆村は口の中で呀《あ》ッと叫んだ。

— posted by id at 03:22 pm  

T: Y: ALL: Online:
Created in 0.1909 sec.

http://rpgfiles.net/